キーワード:変調熱機械分析、MTMA、バッテリーセパレーター、リチウムイオンバッテリー、ポリプロピレン
TA463-JA
要約
寸法変化のメカニズムと線膨張係数(CLEまたはα)に関するさらなる洞察を得るため、ポリプロピレン (PP) 製バッテリーセパレーターに変調熱機械分析 (MTMA) を実施しました。寸法変化測定は準大気範囲において、決定された収縮開始、変形、破断温度で行いました。CLEは、破断温度までの選択された温度範囲で決定しました。準大気範囲でもそれより高い温度の範囲でも、機械方向 (MD) に対する横方向 (TD) の正のCLEがかなり高いことで、膜の異方性質が観測されています。非可逆性寸法変化におけるMDでの収縮が約80 °Cで観測されています。これは最終的に破断します。可逆性寸法変化における膨張は、MDでの破断点まで正です。非可逆性寸法変化は、温度範囲全体においてMDやTDよりも総寸法変化に寄与します。MTMAは、こういった効果を本来の熱膨張特性から分離して処理の効果を調査するのに優れたツールです。
はじめに
Celgard 2400®などの異方性バッテリーセパレーターの安全メカニズムは過熱中の膜の収縮であり、多孔性構造を崩壊させ、電気化学的反応を効果的に止めてバッテリーをシャットダウンします。収縮は、製造工程中に一軸延伸によってセパレーターに与えられる誘発ストレスの解放によって起きます。変調TMAは、寸法変化を可逆および非可逆成分に分け、寸法変化メカニズムに対する詳しい洞察をもたらしてセパレーター設計を支援します。
一般に、材料は加熱されると膨張し、冷却されると元の寸法に収縮します。この種の膨張は可逆的であり、温度に対する変化率はCLE(式1)です。加熱され、負荷がかかると、材料は柔らかくなって流れる(変形する)ことがあります。この寸法変化は可逆的ではなく、サンプルは冷却するだけでは元の寸法に戻りません。同様に、材料が加熱によって柔らかくなって伸長し、続いて冷却されると、サンプルには残留応力が残ります。その後加熱すると、材料は緩み、収縮します。この変形も非可逆です。等方性物質では膨張率とその程度がすべての方向で一貫しているのに対し、異方性物質では膨張やその割合がすべての方向で一貫していません。
TMA測定は、サンプルが等方性で負荷がかかっていない限り、これらの効果すべてを合計したものとなります。時間および温度依存の不可逆膨張(または収縮)から温度依存の可逆熱膨張を分離することは、MTMAを使用すると可能です。温度依存の可逆成分と時間および温度依存の不可逆成分の合計としての総寸法変化率を式1で表します。
ここでLはサンプル長、αはCLE、f’(t,T)は負荷をかけた、または応力を緩和したことによる寸法変化を記述する時間と温度の関数です[1]。
MTMAでは、正弦温度加熱率を直線加熱率または静的加熱(擬等温)に重ねます。振動温度強制関数とその結果生成される応答のフーリエ変換は、これらのシグナルの可逆および非可逆膨張成分に対するデコンボリューションを提供します。変調温度の例およびその結果生成される寸法変化率を図1に示します[2]。総寸法変化は、可逆および非可逆寸法変化の合計です。
材料に対する標準TMA試験の計算および実験手順はASTM E 831に記載されています[3]。
以前のアプリケーションノート[4]では、TMAを使用して一軸延伸PPバッテリーセパレーター (Celgard 2400) の特性を機械方向 (MD) および横方向 (TD) の両者で評価しました。このノートでは、可逆および不可逆成分の寸法変化への相対寄与と寸法変化率に対するさらなる洞察を得るためにMTMAを使用しています。
実験
サンプルは、市販のCelgard 2400 (PP) を使用しました。
表1. MTMA実験条件
装置 | Discovery® 450 TMA |
サンプル幅 | 2 mm |
サンプル長 | 13 mm |
サンプル厚 | 25 μm |
かけられた力 | 0.02 N |
期間 | 300 s |
傾斜率 | 1 °C / min |
パージ | N2 at 50 mL/min |
結果および考察
準大気温度範囲
準大気 (10 °C~-40 °C) のMDおよびTDでの寸法変化を表2にまとめています。MDと比較して、TDでは可逆膨張でも非可逆膨張でも大きな違いがあることから、セパレーターの異方性質が示されています。両方向の寸法変化の大部分は、不可逆膨張で起こります。これは、それが主に延伸工程によるものであることを示します。また、対照として非延伸膜のサンプルを評価すると有用かもしれません。自動車への電力供給に使用されるバッテリーなど、バッテリーの動作温度範囲には非常に低い温度も含まれることがあるため、準大気範囲での膨張特性も重要です。
表2. 10~-40 °Cでの準大気範囲におけるMDおよびTDでの寸法変化
装置 | MD | TD |
可逆 (μm) | -2.95 | -23.86 |
非可逆 (μm) | -5.51 | -37.91 |
合計 (μm) | -8.46 | -61.77 |
準大気範囲でのCLE値 (α) を表3にまとめ、図2および図3に示します。予想通り、MDの場合と比較してTDでは値が著しく大きくなり、両方向において可逆よりも非可逆の場合に値が大幅に向上します。0 °C未満でのαの減少は、PPのガラス転移によるものです。
表3. 10~-40 °Cの準大気範囲に対するMDおよびTDでのCLE (α) (単位はμm/mまたはppm)
機械方向 | -10 to 10 °C | -10 to -40 °C |
可逆 | 6.89 | 2.84 |
非可逆 | 13.77 | 4.41 |
合計 | 20.66 | 7.25 |
横方向 | -10 to 10 °C | -10 to -40 °C |
可逆 | 41.76 | 35.54 |
非可逆 | 86.04 | 47.71 |
合計 | 127.8 | 83.25 |
大気から上部温度範囲
室温未満から破断温度までのMDでのMTMA結果を図4に示します。可逆寸法変化(青)は、温度範囲全体で破断まで正です。非可逆寸法変化(赤)は、サンプルが応力が緩和する温度に到達すると負になります(収縮)。可逆および非可逆寸法変化の合計が総寸法変化(緑)となります。MTMA実験では、膨張と収縮を同時に測定できます。
TDでのMTMA結果を図5に示します。すべての寸法変化は正であり、応力の緩和による収縮は観測されません。
収縮開始温度、変形温度、破断温度、60 °Cでの寸法変化が決定されました。これらの温度を得るため、以前のアプリケーションノート[4]で記述した代替方法を使ってMDでの寸法変化シグナルを使用しました。また、任意に選択された60 °Cでの膨張も、バッテリーが通常動作で経験する可能性のある上限として含みました。決定されたパラメーターと温度を表4に示します。
表4. MTMA実験のパラメーター – 機械方向での総寸法変化
パラメーター | 温度°C |
収縮開始 | 100.0 |
変形 | 131.8 |
破断 | 143.7 |
MDの合計、可逆、非可逆成分に分けた寸法変化を表5に示します。非可逆寸法変化は、MDでの全体的な寸法変化の最大要因になっています。収縮開始時には、すべての寸法変化値は正です。変形温度では、非可逆が大きな収縮に寄与しており、その一部は可逆寸法変化の正の膨張で相殺されています。破断温度では、可逆寸法変化は正のままであり、全体的な寸法変化は収縮を示しています。
表6は、TDでの寸法変化をまとめています。MDの場合と同じように、寄与の大半は非可逆寸法変化によるものです。60 °Cおよび収縮開始では、TD方向でより大きな膨張が観測され、正となっています。
表5. MD寸法変化
パラメーター | 寸法変化 (μm) | 可逆寸法変化 (μm) | 非可逆寸法変化 (μm) |
収縮開始 | 85.93 | 34.19 | 51.74 |
変形 | -483.7 | 131.4 | -615.1 |
破断 | -2728 | 674.6 | -3414 |
60 °C | 43.38 | 12.73 | 30.65 |
表6. TD寸法変化
パラメーター | 寸法変化 (μm) | 可逆寸法変化 (μm) | 非可逆寸法変化 (μm) |
収縮開始 | 129.0 | 52.55 | 76.44 |
変形 | 225.9 | 85.12 | 140.7 |
破断 | 311.6 | 121.3 | 190.2 |
60 °C | 59.06 | 23.14 | 35.923 |
選択された温度範囲の最大正膨張までのMDでのCLE値を図6および表7に示し、TDの場合を図7と表8に示します。収縮が発生するまでは、TDでのCLE値はMDよりも高くなっています。
膜延伸の効果は膨張変化の大きな要因であり、総膨張に対するより大きな非可逆膨張の寄与によってこれが示されています。
表7. 図6からのMD CLE値
温度範囲°C | 合計 (ppm) | 可逆 (ppm) | 非可逆 (ppm) |
0 – 40 | 42.33 | 14.80 | 27.53 |
40 – 80 | 127.1 | 37.22 | 89.84 |
80 – 100 | 29.08 | 40.79 | -11.71 |
表8. 図7からのTD CLE値
温度範囲°C | 合計 | 可逆 μm/m°C | 非可逆 |
0 – 40 | 127.6 | 45.46 | 82.18 |
40 – 80 | 137.3 | 55.65 | 81.66 |
80 – 100 | 149.1 | 63.37 | 85.76 |
膨張を可逆成分と非可逆成分に分けることには、明らかな利点があります。非可逆性膨張で観測される、加工中の延伸に対する反応はポリマーブレンド、共重合体、共押し出し、高分子改質剤ではおそらく異なります。サンプルにも、固有の等方性など、個別に評価できる可逆性膨張特性があります。もう1つの例としては、フィラー形態に依存する延伸加工の影響を受けない膨張特性を与えるフィラーがあります。
おわりに
PPバッテリーセパレーターの加工または延伸の効果は、MTMAの非可逆寸法シグナルに見られます。このシグナルには、時間と温度に依存する(動的)寸法変化があります。この調査で取得されたデータは、非可逆寸法成分がTDおよびMDの両者における全体的な寸法変化の主な要因であることを示しています。
MTMAはまた、二軸延伸膜、共押し出し、共重合体、ブレンドなどの他の膜構造や構成にも拡大できます。非可逆性膨張の動的性質により、動作温度範囲全体での温度サイクリングの効果は、調査すべきもう1つの重要な領域である可能性があります。
可逆寸法変化には、異方性などの固有の膨張特性の原因となる温度依存成分が含まれています。これもまた、さまざまな膜構造と構成を評価する上で、フィルターのような無機成分と同じように重要となります。
参考文献
1. D. Price, “Theory and Applications of Modulated Temperature Programming to Thermomechanical Techniques,” Journal of Thermal Analysis and Calorimetry, vol. 64, pp. 323-330, 2001.
2. Roger Blaine, “Modulated Thermal Mechanical Analysis – Measuring Expansion and Contraction Simultaneously (TA311),” New Castle DE.
3. “ASTM E831 Standard Test for Linear Thermal Expansion of Solid Materials by Thermomechanical Analysis,” ASTM, West Conshohocken PA, 2006.
4. H Lau, J Browne, “Thermal Analysis of a Battery Separator (TA457),” TA Instruments, New Castle DE, 2022.
5. P. Castejon, “Polypropylene Based Porous Membranes: Influence of Polymer Composition, Extrusion Draw Ratio, and Uniaxial Strain,” Polymers, vol. 10, no. 33, 2010.
6. C. Love, “Thermomechanical Analysis and Durability of Commercial Micro-Porous Polymer Li-ion Battery Separators,” Journal of Power Sources, vol. 196, pp. 2905-2912, 2011.
7. C. Xie, “Stretched Induced Coil Helix Transition in Isotactic Polypropylene: A Molecular Dynamics Simulation,” Macromolecules, vol. 51, pp. 3994-4002, 15 May 2018.
8. F. Sadeghi, “Properties of Uniaxially Stretched Polypropylene Films: Effects of Drawing Temperature and Random Copolymer Content,” The Canadian Journal of Chemical Engineering, vol. 88, December 2010.
謝辞
本稿は、TA Instruments社のJames BrowneおよびHang Lau (Ph.D) が執筆しました。
TA Instruments社は、長きにわたって革新者として評価されており、変調熱分析におけるリーダーとなっています。
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