キーワード:レオロジー、EIS、インピーダンス、リチウムイオン電池、カソード、アノード、導電性添加剤、カーボンブラック
RH132-JA
要約
カーボンブラックは、一般的にリチウムイオン電池電極の導電性添加剤として使用されています。カーボンブラック構造の電気伝導率は、電極および電池の性能に影響を与える可能性があります。微細なカーボン粒子は互いに凝集しやすく、ペーストの中でネットワーク状の構造を形成します。導電性構造に関する情報を得るために、TA Instruments™ Discovery™™ Hybrid Rheometerに誘電体アクセサリーとインピーダンスアナライザーを組み合わせて使用し、カーボンブラックペーストのレオロジー特性と電気化学特性を検討しました。振動せん断を加えながら、レオロジーおよび電気化学インピーダンスを同時に測定しました。その結果、ペーストを大きく変形させるとネットワーク状の構造が崩れ、レオロジーおよび導電特性の両方に影響を与えることがわかりました。
はじめに
リチウムイオン電池 (LIB) は、さまざまな活物質と不活性物質から構成され、多段階の工程を経て製造されます。材料特性とプロセスの条件の両方が、最終的な電池の性能に影響を及ぼす可能性があります。特に電極は、電池の性能を左右する最も重要な構成要素のひとつと位置づけられています。LIBの電極は、活物質、バインダーおよび導電性添加剤で構成されています。混合、コーティング、乾燥、カレンダー加工、カッティングの多段階工程を経て製造されます。LIBのカソードには、活物質の導電性の弱さを補うために、通常、微細なカーボン粒子が含まれています。図1に示すように、カーボン粒子が活性粒子の周りに凝集してパーコレーションネットワークを形成し、集電体に電子を伝導します。コーティング前のスラリー中に形成されるこの構造は、混合およびコーティングの工程で頻繁にせん断されます。コーティングプロセス中の大きなせん断は、せん断除去後に再構築されるものの、カーボン粒子ネットワークの破壊を引き起こす可能性があります[1]。導電性構造の挙動を理解することは、電極のプロセス条件設計および品質管理において重要です。
電極スラリーやカーボンペーストなどの分散系では、レオロジーを構造解析の手法として利用することができます。系内の粒子およびポリマーがネットワーク状の構造を形成している場合、レオロジー挙動はこの構造によって支配されます。その結果、粘度が高くなり、準固体的な性質を持つようになります。しかし、レオロジーだけでは、サブミクロンカーボンブラックによって形成される電子伝導ネットワークを特徴付けることはできません。電気化学インピーダンス分光法 (EIS) 測定は、LIB用分散液サンプルの導電性内部構造を評価できることから、近年注目されています[2] [3]。本稿では、レオロジーおよびEISの同時測定を利用して、一般的なカソードのペーストのカーボン内部構造にせん断が与える影響を検討しました。
実験
カーボンブラック (CB)、ポリフッ化ビニリデン (PVDF) バインダーおよびN-メチルピロリドン (NMP) 溶剤は、株式会社ダイネンマテリアルから提供されました。表1に示す組成の異なるCBペーストを自転公転かくはん機を用いて調製しました。ペーストAおよびペーストBの固形分合計は11wt.%で、ペーストAはPVDFを含まないのに対し、ペーストBはPVDFを含んでいます。また、PVDFバインダー+NMP溶液のコントロールサンプルも用意しました。
表1. サンプル組成のCM/PVDF/NMPの比率
サンプル | CB | PVDF | NMP |
---|---|---|---|
ペーストA | 1 | 0 | 8 |
ペーストB | 1 | 1 | 16 |
コントロール | 0 | 1 | 12 |
レオロジー特性の測定には、TA Instruments Discovery Hybrid Rheometerを使用しました。25 mmの平行平板を用い、ひずみ0.5%および温度25°Cの一定条件下で周波数掃引を実施しました。図2に示すように、直径25 mmの平行平板電極を備えたレオメーターの誘電率測定アクセサリーにインピーダンスアナライザー(HIOKI、IM3536 LCRメーター)を接続し、100mV定電圧、4 Hz~8 MHz AC周波数帯域でEIS測定を実施しました。まず、平板の動きをロックした状態で、最初の状態でのスラリーのEISデータを収集しました。次に、上板振動を10 Hz、ひずみを0.1~100%の範囲で振動せん断を伴うEIS測定を実施しました。最後に、振動後に平板の動きをロックした状態で、再度リカバリーデータを収集しました。
結果および考察
レオロジーは、研究開発およびプロセスコントロールの段階で、電極スラリーの特性を評価するためによく使われる手法です。3種類のペーストの貯蔵弾性率 (G’) および損失弾性率 (G”) の周波数依存性を図3に示しています。CBを含むペーストは、コントロール液のG’よりも有意に高いG’を有しています。測定されたG’がG”より高い周波数領域では、G’およびG”は相対的に一定です。レオロジーパラメーターから、これらのペーストは準固体的な性質を持ち、連続した比較的固い微細構造が系内に形成されていることがわかります。このようなCB微粒子の微細構造は、凝集してネットワーク状の構造を構築します。ペーストAはペーストBよりも高いG’を示し、PVDFのバインダーがCB粒子の凝集構造の形成を抑制している可能性が示唆されました。
ペースト内部のCB導電構造をより詳しく知るために、レオメーターの平行平板をインピーダンスアナライザーに接続し、EISを測定しました。図4はナイキストプロット、図5はボードプロットをそれぞれ示しています。ナイキストプロットでは、図4aに示すように、X軸はインピーダンスの実数成分(抵抗、Rs)、Y軸は虚数成分(リアクタンス、X)となります。高い周波数のデータは、X軸とY軸の原点に近いところにプロットされています。ナイキストプロットは、例えば図4aのように、1つ以上の半円形の構成要素と直線的な領域を特徴とすることが多いです。解釈は、セルの組成およびパラメータに関する知見に大きく依存しますが、それでもいくつかの一般的なステートメントを作成することができます。半円は一般的にセル構成要素の抵抗とキャパシタンスに関連しており、半円の右側のX軸の切片はセルの総抵抗を表しています。低い周波数で見られる直線的な領域は、拡散プロセスに関連しています。図4bのように、これらの領域が重なることも多く、解釈が複雑化します。
図4cは、CBを含まずPVDFバインダーとNMP溶媒のみを用いた対照実験です。プロットは、低AC周波数帯域 (100 kHz~1 MHz) の半円と直線でシンプルに構成されています。この半円のスケールは高抵抗 (13.5kΩ) を示しています。図4bはペーストAおよびペーストBのナイキストプロットで、ペーストAおよびペーストBの全体的な抵抗値はコントロール溶液と比較してはるかに低いことがわかります。ペーストBはペーストAよりも半円が小さくなっています。これは、CBの添加によってサンプル全体の抵抗値が低下し、PVDFバインダーによってわずかに上昇するという予想と一致しています。
図4bのインセットに、ペーストAおよびBの高周波数半円のテールを示します。10 MHzを超える範囲のインピーダンスを測定できる別途用意されたLCRメーターおよびプローブを用いて、より高い周波数の半円が存在することを確認しました。CBペーストのナイキストプロットの代表的なモデルを図4aに示します。左(高周波)の半円はCBに関連するもので、コントロール溶液には含まれていません。左側の切片、つまり左右の半円の接点は、CBに関する抵抗を表しています。ペーストBのプロットの接点は、x値が高く、CBに関連する抵抗が高いことを示しています。
ペーストAとペーストBの抵抗値の違いは、図5に示すボード線図において、1 MHz超のAC周波数帯域で容易に求めることができます。 ペーストBは、ペーストAに比べ、高周波(1 MHz超)において高いRsを示します。ペーストBのRsが高いことから、バインダーがCB粒子による導電性ネットワークの形成を抑制している可能性が最も高いと考えられます。
電極の製造工程では、コーティング時にスラリーに大きなせん断変形が発生します。せん断変形による構造破壊の情報を得るために、振動せん断変形によるペーストのインピーダンス測定を行い、同時にレオロジーの測定を行いました。図6は、上板を固定し、周波数10 Hz、ひずみ100%で振動させたときのナイキストプロットを示しています。ペーストA(図6a)およびペースト B(図6b)のプロットは振動せん断による大きな変化を示していますが、コントロール溶液(図6c)では振動せん断の有無にかかわらずプロットが同一になっています。振動時の方が定常時に比べて半円が大きく、抵抗値が高いことから、ペーストA、BともにCB導電性ネットワークがせん断により破壊されていることが示されています。 プロットの変化は、導電性CB構造がせん断の関数として変化することを実証しています。
図7では、ペーストAとペーストBのAC周波数1 MHzにおけるG’、G”、インピーダンス│Z│を0.1%から500%の振動ひずみに対してプロットしています。1%ひずみ時のG’は0.1%ひずみ時よりも低く、比較的小さな変形でも構造崩壊が起こったことが示唆されました。100%のひずみ後、インピーダンスの劇的な変化が観察され、小さなせん断変形は導電パスに大きな影響を及ぼさず、大規模な変形は導電性ネットワークの重大な構造崩壊を引き起こすことが示されました[1]。
せん断変形後の回復挙動は、LIB用ペーストおよびスラリーの特性評価において重要です。大きな振動せん断変形の前後におけるペーストのG’および│Z│を表2に示します。 両ペーストの値において、変形後のG’および│Z│が変形前のレベルに完全には戻っていないことがわかります。ペーストAは、せん断変形前はG’が高く、Zが低いですが、変形後はペースト間に有意な差は認められません。これにより、バインダーはコーティング工程後の物性に有意な影響を及ぼさないことが示されました。
表2. 100%および10 Hzでの120秒間の振動せん断前後の貯蔵弾性率およびインピーダンス
振動前 | 振動後 | |||
---|---|---|---|---|
ペーストA | ペーストB | ペーストA | ペーストB | |
G’ (kPa) | 11.5 | 4.8 | 1.8 | 1.9 |
│Z│ (Ω) | 1.4 | 2.1 | 2.8 | 3.4 |
おわりに
LIB電極に導電性添加剤として一般的に使用されているカーボンブラックペーストのレオロジーおよび電気化学特性について、TA Instruments Discovery Hybrid Rheometerに誘電体アクセサリーとインピーダンスアナライザーを組み合わせて使用し、検討しました。PVDFを含むCBペーストは、PVDFを含まないサンプルと比較して、弾性率が低く、抵抗値が高いことが示されました。この結果から、バインダーがCB粒子の導電性ネットワーク構造の形成を阻害することが予想されます。また、CBペーストに振動せん断を加えて、レオロジーとEISの同時測定を実施しました。その結果、変形が大きいと構造が崩れ、ペーストのレオロジーおよび導電特性の両方に影響を与えることがわかりました。CBネットワーク構造のせん断への感度は、LIB電極スラリーの材料およびプロセスを設計する上で貴重な情報となります。この情報は、レオメーターシステムをインピーダンスアナライザーに連結することで容易に得ることができ、研究者およびメーカーがCBネットワーク構造とせん断の関係を容易に決定することができるようになります。
参考文献
- Q. Liu and J. J. Richards, “Rheo-electric measurements of carbon black suspensions containing polyvinylidene difluoride in N-methyl-2-pyrrolidone,” Journal of Rheology, vol. 67, no. 3, pp. 647-659, 2023.
- M. Gaberšček, “Understanding Li-based battery materials via electrochemical impedance spectroscopy,” Nature Communications, vol. 12, no. 6513, 2021.
- Z. Wang, T. Zhao, J. Yao, Y. Kishikawa and M. Takei, “Evaluation of the Electrochemical Characterizations of Lithium-Ion Battery (LIB) Slurry with 10-Parameter Electrical Equivalent Circuit (EEC),” J. Electrochem. Soc., vol. 164, no. A8, 2017.
謝辞
本稿は、株式会社ダイネンマテリアルおよびTA Instruments社の共同制作によるものです。TA Instruments社のYuki Kawata (Ph.D)、Jeremy May (Ph.D) およびHang Lau (Ph.D.) が執筆しました。
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