レオロジーとインピーダンスの同時測定による LIB カソードスラリーの特性評価

キーワード:バッテリー、電極スラリー、レオインピーダンス、導電ネットワーク

RH137-JA

はじめに

リチウムイオン電池(LIB)の性能は、アノードとカソードの組成に大きく依存しますが、これらの構成要素には製造上の課題があります。良い電極は、電流とバインダーが集電体に吸着するのを助けるために、導電材で被覆した活性物質粒子から構成されます(図1)。電極の製造には、溶媒中に固体成分を分散させるスラリーを形成する必要があります。スラリーは均一にコーティングできるよう適切な流動挙動を示す必要があり、また導電材を最適に分布することが良い電極を作るために必要です。

近年、スラリー中の導電ネットワークの特性を評価する手段として電池スラリーのインピーダンス分光法の研究が積極的に進められており[1-5]、プロセスに関連するせん断変形下でこれらの測定を行う必要性が高まっています。このアプリケーションノートでは、Discovery™ハイブリッドレオメーターのレオロジーインピーダンス分光法についてご紹介します。この新しい機能により、正確なレオロジー測定と、せん断によって生じる導電材分布の変化についての知見を得ることができます。

Figure 1: SEM image of example cathode. Particles with size of around
10 μm are NMC, particles surrounding NMC are CB.
Figure 1: SEM image of example cathode. Particles with size of around 10 μm are NMC, particles surrounding NMC are CB.

実験

サンプル

材料はすべて DAINEN MATERIAL CO から入手し、自転公転式ミキサーを使用して、表1に記載される配合で調製しました。カソードスラリーは、NMC、CB、PVDF の粉末を混合し、NMP を添加して様々な CB レベルで調製しました(図2)。

表1. サンプルの構成

NMC CB PVDF NMP
PVDF/NMP 溶液 0 g 0.0 g 0.15 g 4 g
カーボンペースト 0 g 0.2 g 0.15 g 4 g
カソードスラリー-0 10 g 0.0 g 0.15 g 4 g
カソードスラリー-1 10 g 0.1 g 0.15 g 4 g
カソードスラリー-2 10 g 0.2 g 0.15 g 4 g

NMC: リチウムニッケルマンガンコバルト酸化物、活性物質
CB: カーボンブラック、導電材
PVDF:ポリフッ化ビニリデン、バインダー
NMP:N-メチルピロリドン、溶媒

Figure 2. Mixing processes in cathode slurry preparation.
Figure 2. Mixing processes in cathode slurry preparation.

測定

レオインピーダンスの測定は、TA Instruments Discovery HR-20レオメーターとレオインピーダンス専用アクセサリおよび HIOKI™LCRメーター(モデルIM3536)を使用して行いました。レオインピーダンス専用アクセサリ(図3)は、Peltier 温度制御ステージに取り付けられた、電気的に絶縁された2つの半月形電極を備えた下部電極プレートと、電気的に絶縁された上部 40 mm 平行プレートで構成されています。インピーダンスの測定は、一方の下部電極からサンプルを通り、上部プレートをわたって、サンプルを通過し、もう一方の下部電極に戻る電流経路によって行われます。この設計では上部プレートとの電気的接触が必要ないため、全範囲にわたりレオロジーを測定できます。また、液体電解質を必要としないため、LCR メーターの全周波数範囲で測定が可能となり、液体電解質接点に伴う実験上の課題を排除します。

測定は500 μ mのギャップを使用して行い、25 ° C で温度を制御し、4 Hz〜8 MHz の周波数範囲で0.1V の交流電圧を印加しました。インピーダンスデータは、まずプレートを静止させた状態で収集し、続いてせん断下でせん断速度範囲0.01~1000 s-1 の定常流粘度を測定しました。

Figure 3. Schematic image of Rheo-IS measurement system.
Figure 3. Schematic image of Rheo-IS measurement system.

結果および考察

電極スラリーの粘度と構造に関する知見

レオロジー測定は、バッテリースラリーの流動挙動を把握するために重要です。Discovery HR などのレオメーターは、スラリー性能にとって重要なコーティング(高せん断)や静止(低せん断)などのプロセス条件下での粘度を測定します。粘度プロファイルは、スラリー内の微細構造を把握するために役立てることができるため、最適な混合を保証するために頻繁に使用されています。

図4は、カーボンペーストとカソードスラリーの定常流粘度のせん断速度依存性を示しています。カーボンペーストは、固形成分が 8% と低いにもかかわらず、最も高い粘性を持ちます。このカーボンペーストは、微粒子の浸透とよく似た網状構造であると考えられています。一方、カソードスラリーは、固体含有量がはるかに高い(72%)にもかかわらず、カーボンペーストよりも低い粘性を持ちます。活性物質粒子は、ナノスメートルサイズのカーボンブラック粒子と比べてはるかに大きく、大量に混合されます。大量の活性物質粒子を混合すると、炭素ネットワークが細かく切断され、活性物質粒子と小さなネットワークが分散されるとカソードスラリーの粘度が低下することが予想されます。スラリー内の各成分は、様々な方法でスラリーネットワークと粘度に影響を与えます。せん断速度依存粘度挙動の評価は、スラリーの配合に不可欠です。

Figure 4: Steady flow viscosity of carbon paste, and cathode slurry 2.
Figure 4: Steady flow viscosity of carbon paste, and cathode slurry 2.

電極スラリーのインピーダンスデータ

レオロジー測定値はスラリー内の物理的ネットワークを反映しているのに対し、インピーダンス分光法は、電極の性能に重要な導電性ネットワークの特性を評価します。静的条件下でのレオインピーダンス測定値のナイキスト線図とボード線図を図5および図6に示します。ナイキスト線図の半円は、静電容量とオーム抵抗の両方が存在することを示唆しています。 しかし、電極スラリーにおけるそれらの解釈はまだ標準化されていません[2]。カーボンペーストでは、バインダー溶液にカーボンブラックを加えると(図5aおよび6a)、半円の端がナイキストプロットの起点(高周波側)近くに現れ(図6b)[6]、リアクタンス(誘導抵抗)の上昇傾向が 1 MHz 以上の高周波帯域に現れます。これは、導電性がより高いCBの影響が、より高い周波数で現れることを示しています。図6bの主半円のリアクタンスの最大周波数(-X)は 100 kHz で、これはバインダー溶液の半円の最大周波数 -X と一致します。カソードスラリーのナイキスト線図(図6c)には、2つの半円が表われます。各半円の属性は今後の研究課題ではありますが、カーボンブラック濃度が変化すると、原点に近い小さな半円がより大きく変化することから、高周波数で左側の半円にカーボンブラックの影響が現れることを示しています(図5c )。続いて、せん断下でインピーダンスを測定します。スラリーが静的状態でなくなるまでせん断を加え、せん断による導電性構造の変化の特性を評価します。

Figure 5: Nyquist plots of a) PVDF/NMP solution, b) Carbon paste,
and c) Cathode slurries with varying carbon black content
Figure 5: Nyquist plots of a) PVDF/NMP solution, b) Carbon paste,
Figure 5: Nyquist plots of a) PVDF/NMP solution, b) Carbon paste,
Figure 6: Bode plots of a) PVDF/NMP solution, b) Carbon paste, and c) Cathode slurries with varying carbon black content.
Figure 6: Bode plots of a) PVDF/NMP solution, b) Carbon paste, and c) Cathode slurries with varying carbon black content.

流動下におけるインピーダンスの変化

導電ネットワークは変形により再構築され、これはインピーダンスと粘度の同時測定法を使用することにより評価できます。図7は、せん断速度 0、0.01、1.0、100 s-1 のせん断流下でのカーボンペーストとカソードスラリー2のナイキスト線図です。摩擦のない設計により、低せん断速度で発生する低せん断応力のレオインピーダンス同時測定が可能になります。カーボンペーストのナイキスト線図は、せん断流によって変化しますが、カソードスラリーのナイキスト線図は、せん断流の影響をほとんど受けていません。カーボンペーストでは、カーボンブラック粒子間に形成されたネットワーク状の集合構造がせん断流下で崩壊し、導電経路とナイキスト線図が変化します。この変化は、高周波領域で特に顕著です。粘度挙動から示唆されるように、カーボンブラックネットワークは混合中に活性物質粒子によって分割されます。微小なカーボンブラック粒子は良好に分散されており、レオインピーダンス測定におけるせん断流によっても構造はこれ以上崩壊されません。レオインピーダンス測定結果は、電池の電極スラリーにおける導電構造の分散性を明確に示しています。

Figure 7: Nyquist plots of Carbon paste (a) and Cathode slurry 2 (b) under
steady flow.
Figure 7: Nyquist plots of Carbon paste (a) and Cathode slurry 2 (b) under steady flow.

結論

レオインピーダンス測定により、スラリー製剤開発におけるカーボンブラックのネットワーク構造を評価することができます。これらの材料に見られるように、微細構造は NMC の添加とせん断下で大きく変化します。コーティングには、物理的なネットワークを反映する、プロセスのせん断速度に適した粘度が不可欠です。同時にインピーダンス測定を行うことで、バッテリーセル内の電極性能に重要な導電ネットワークを直接測定することで、より深い知見が得られます。せん断前、せん断中、せん断後にインピーダンス分光測定を行うことで、コーティングプロセスを再現し、完成された電極に影響するネットワークの変化の特徴を評価することができます。

Discovery ハイブリッドレオメーター レオインピーダンスシステムは、インピーダンス分光法とレオロジー測定を同時に行うことで、電極スラリーの組成に関する幅広い知見を得ることができます。独自の設計により、測定範囲と感度に影響する重要な利点が得られます。

  • 低せん断領域に不可欠な、全せん断領域での摩擦のないレオロジー測定
  • 液体電解質コンタクトの使用に伴う課題や制限のない安定したインピーダンス測定
  • 高周波インピーダンス測定により、カーボンブラックの導電性ネットワークへのアクセスが可能

参考文献

  1. A.Helal, T. Divoux, and G. H. McKinley, “Simultaneous Rheoelectric Measurements of Strongly Conductive Complex Fluids” Phys.Rev.Applied, 6, 064004, 2016.
  2. Z.Wang, T. Zhao, J. Yao, Y. Kishikawa, and M. Takei, “Evaluation of the Electrochemical Characterizations of Lithium-Ion Battery (LIB) Slurry with 10-Parameter Electrical Equivalent Circuit (EEC),” J. Electrochem., 164 (2), A8-A17, 2017.
  3. M.Takeno, S. Katakura, K. Miyazakia, T. Abe and T. Fukutsuka, “Analysis of the intermediate states of an electrode slurry by electronic conductivity measurements”, Carbon Reports, Vol. 2, No. 2,91, 2023.
  4. Z.Wang, Z. Wang, X. Liu, X. Liu, T. Zhao and M. Takei, “Clarification of the dispersion mechanism of three typical chemical dispersants in lithium-ion battery (LIB) slurry”, Particuology, 80, 90, 2023.
  5. Q.Liu and J. J. Richards, “Rheo-electric measurements of carbon black suspensions containing polyvinylidene difluoride in N-methyl-2-pyrrolidone,” Journal of Rheology, vol. 67, no. 3, pp. 647-659, 2023.
  6. TA Instruments アプリケーションノート RH-132, “Structural Characterization of Carbon Black Paste for Li-ion Battery Electrodes Using Simultaneous Rheology and Electrochemical Impedance Spectroscopy(レオロジーおよび電気化学インピーダンス分光法を併用したリチウムイオン電池電極用カーボンブラックペーストの構造特性評価)”.

謝辞

このノートは Yuki Kawata, Ph.D.、Hang Lau, Ph.D.、Sarah Cotts、および Kevin Whitcomb, Ph.D.によって作成されました。

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