キーワード:DSC、TMA、TGA、DMA、熱分析、引張試験、バッテリー、バッテリーセパレーター、リチウムイオン電池、ポリプロピレンフィルム
TA457-JA
要約
バッテリーセパレーターはリチウムイオン電池の重要部品の1つです。このアプリケーションノートでは、セパレーターの特性を調べる際に使用される基本的な熱分析手法を紹介します。熱重量分析(TGA) は、安定性情報、温度および周囲空気の関数としての質量損失、ならびにフィラー内容物の質量を示します。熱重量分析手法を使用した分解動力学や寿命推定も可能です。示差走査熱量測定(DSC)では、ガラス転移などの主要な熱転移、融解、結晶化、熱容量に関する情報を得られます。また、セパレーターの設計でよく使用されるポリマーの既知の融点に基づいて、いくらかの成分情報を取得することも可能です。熱機械分析(TMA)は、寸法変化を温度の関数として求めるために使用されます。バッテリーセパレーターに関しては、バッテリーの電源を効率的に遮断して熱流出を防止する孔のつぶれに関連する3種類の重要な寸法変化温度—すなわち、収縮開始温度、変形温度、および破断温度—が求められます(1)。このサンプルは一軸延伸PPフィルムであり、上記の温度は縦方向(MD)に関して求められます。横方向(TD)の寸法変化の評価も重要です。過度の収縮が電極の接触や短絡の原因となるおそれがあるからです。最後に、動的機械分析(DMA)は、縦方向および横方向の引張強度、ならびに破壊時の伸び率を評価する上で重要です。さらに、DMAは、粘弾性実験を実施する際にも使用されます。これらの実験は、温度の関数としての弾性率に関する重要な情報を提供するとともに、準大気特性も重要であることから、ガラス転移温度を特定する際に優れた感度を発揮します。
はじめに
リチウムイオン電池(LIB) は、個人用電子機器から電気自動車や長期エネルギー貯蔵に至るまで、あらゆる物で最もよく使用される貯蔵エネルギー源に急速になりつつあります。図1は、電池の図を示しています。
電池の重要部品の1つである多孔質セパレーターは、アノードとカソードとの接触を防止するとともに、充放電サイクル中のリチウムイオンの輸送を可能にします。バッテリーセパレーターに対する要件として、良好な電子絶縁体、最小の電解液抵抗性、機械的・寸法安定性、電解液に対する耐化学性、コロイドまたは可溶性種の電極間移動を防止する能力、電解液によって湿潤しやすいこと、厚さおよび性状の一様性などが挙げられます(2)。有機電極を備えたリチウムイオン電池では、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、またはPPとPEの積層品を原材料とするポリオレフィンセパレーターがよく使用されています。
ポリオレフィンセパレーターは湿式または乾式手順によって作製されますが、どちらの手順を使用しても、膜内に微細孔が形成され、一軸延伸フィルムの場合には、縦方向(MD)に高い引張応力、横方向(TD)に弱い特性が付与されます。β核形成アイソタクチックPPと湿式手順を使用して作製された二軸延伸フィルムは、両方向での性状が同等です。これらのプロセスの長所と短所が文献(2) (3) (4)で広範に論じられています。
このノートの目的は、PPを原材料とする典型的なセパレーターの特性を調べるために使用される基本的な熱分析と機械的手法の詳細を説明することです。
実験
サンプル – Celgard 2400ポリプロピレンセパレーター、60 mm x 10 mm x 25 μm
Discovery TGA 5500
表1. TGA実験条件
Specifications | |
---|---|
Pan | 100 μL Pt |
Purge | N2 at 25 mL / min |
Temperature Range | 23 °C to 1000 °C |
Heating Rate | 10 °C / min |
Sample Mass | 0.5 mg |
Discovery DSC 2500
表2. DSC実験条件
Specifications | |
---|---|
Pan | Tzero® Aluminum |
Purge | N2 at 50 mL / min |
Heating Profile | Heat, Cool, Reheat |
Heating Range | -50 °C to 235 °C |
Heating Rate | 10 °C / min |
Sample Mass | 2 mg nominal |
Discovery TMA 450
表3. TMA実験条件
Specifications | |
---|---|
Probe | Film / Fiber |
Purge | N2 at 25 mL / min |
Force | 0.1 N |
Temperature Range | -70 °C to 160 °C |
Heating Rate | 3 °C / min |
Discovery DMA 850
表4. 引張試験実験条件
Specifications | |
---|---|
Clamp | Dual Screw Film Clamp |
Sample Size | 5 mm x 2 mm x 25 μm |
Initial Force | 0.001 N |
Strain Range | 0.1 to 200% |
Ramp Rate | 5%/min |
Discovery DMA 850
表5. DMA実験条件
Specifications | |
---|---|
Clamp | Dual Screw Film Clamp |
Sample Size | 15 mm x 5.3 mm x 25 μm |
Amplitude | 20 µm (0.126 % stain) |
Frequency | 1Hz |
Temp Range | -150 to 100 ºC |
Temp Ramp Rate | 5 ºC/min |
結果および考察
熱重量分析
図2にTGA結果を示します。主質量損失は98.31%で、残余(フィラーに相当)は1.68%です。分解点は、多くの場合、任意の範囲—典型的には5%以下—の質量損失における温度と解釈されます。上記の温度を超える熱転移は分解から識別できないため、DSC実験のための分解温度を見極めることが重要です。表6に、さまざまな質量損失範囲に対応する温度を示します。
表6. 選択された質量損失率に対応する温度
Mass Loss (%) | Temperature (°C) |
---|---|
1 | 347.2 |
2 | 360.7 |
3 | 368.7 |
5 | 379.1 |
10 | 394.2 |
50 | 437.0 |
示差走査熱量測定
表7に、DSCにおける熱転移の概要を示します。
図3の1回目の加熱における比較的高い融解熱は、高いアイソタクチシティと、縦方向の延伸によるポリマー鎖構造への変化との組み合わせに起因する可能性があります。2回目の加熱における融解熱(図5)は、商業用等級のポリプロピレンにおけるより典型的な値に低下しています。1回目の加熱と2回目の加熱の間の融解熱の差は36.0 J/gです。
2回目の加熱は、149 °C前後で融解するβ球晶の形跡も示しています。数値解析ソフトウェアを使用して、融解吸熱の相対分画が推定されました(5)。β球晶の比較的低い分画(図6、表8)は、おそらく、樹脂が冷却速度に依存するβ形成に反応しやすく、この例では、β核剤を含まないことを示唆しています。β核形成アイソタクチックポリプロピレンの二軸延伸による孔形成はよく知られています(4)。観察されたガラス転移は、ポリプロピレンホモポリマーにおいては典型的なものです。
表7. セパレーターフィルムのDSCにおける熱転移
1st Heat | Cool | 2nd Heat | |
---|---|---|---|
TG (°C) | -2.0 | -1.9 | 2.6 |
TM (°C) | 165, 168.7 | – | 164.4, 154.4 |
173.6 | 148.7 | ||
ΔHf (J/g) | -137.6 | – | -101.6 |
TC (°C) | – | 116.6 | – |
ΔHC (J/g) | – | 108.0 | – |
表8. 融解吸熱の割合
Peak Temperature (°C) | Fraction (%) |
---|---|
148.1 (β) | 15.7 |
153.3 | 3.60 |
164.9 (α) | 80.7 |
熱機械分析
図7に、バッテリーセパレーターの縦方向のTMAを示します。
表9. TMA実験でのパラメーター
Parameter | Temperature °C |
---|---|
Shrinkage Onset Temperature | 110.0 |
Deformation Temperature | 129.3 |
Rupture Temperature | 151.8 |
リチウムイオン電池セパレーターの評価の手順に関するNASA文書で提案されているガイドラインを使用して、表9のパラメーターを決定しました(1)。温度に対するひずみデータの導関数を調べることで、ガイドラインの主観的性質をある程度軽減することができます(図8)。TRIOSソフトウェアを使用して、温度に対するひずみの導関数をプロットし、収縮が開始する近傍における0%ひずみに対応する温度を選択することで、収縮開始温度を選択するための代替手段を決定することができます。変形温度は、変形が図10に示すように加速することから、導関数内の開始ツールを使用して、低温域から引いた接線をたわみから引いた接線まで外挿することによって求めることができます。これにより、図7で得られた値は若干異なるものとなりますが、実験室の精度が改善される可能性があります(表10)。破断温度は、図7に示した温度データの関数としてのひずみ率から、最小値として求められます。
表10. 交互法から決定されたパラメーター
Parameter | Temperature °C |
---|---|
Shrinkage Onset Temperature | 104.0 |
Deformation Temperature | 131.4 |
Rupture Temperature | 151.8 |
過度な収縮の結果として短絡や熱収縮が起こる可能性があることから、横方向(TD)の寸法変化も考慮されます。図11では、横方向および縦方向のひずみ率を比較しています。周囲温度から破断温度までの範囲で、正の膨張が横方向に生じます。
動的機械分析
電池セルの製造において、セパレーターと電極は張力下で巻かれます(6)。ワインディング工程で著しい伸びが発生しないように、セパレーターは十分な引張強度を有している必要があります。引張強度およびヤング率は、変形(降伏)点と破壊点の評価によりセパレーターの機械的堅牢性を予測するための指標です。MDおよびTDの両方で試験をすることが重要です。図12と表11に示すように、MDとTDで、応力-ひずみ曲線の顕著な相違が認められました。縦方向の最大引張強さは、18%ひずみで43 MPaと測定されました。この点に達した後、材料は塑性変形を続け、その後94.9%ひずみで破断します。これが、縦方向破壊時の材料の伸びです。TDは20.9%ひずみで14.9 MPaの最大引張強さを示し、200%ひずみ(試験の終点)未満で完全破断は起こりませんでした。縦方向のヤング率は4.8 MPaで、横方向のヤング率よりも大きいです。
表11. セパレーターの縦方向および横方向の機械的特性
Parameter | MD | TD |
---|---|---|
Young’s Modulus (MPa) | 4.80 | 2.95 |
Ultimate Tensile strength (MPa) | 43.0 | 14.9 |
Ultimate Tensile Strain (%) | 18.0 | 20.9 |
Elongation at Break (%) | 94.9 | >200 |
DMAの最も一般的な用途の1つは、材料の粘弾性特性を調べることです。これは、振動性の荷重/応力(σ)を加えて変位/ひずみ(ε)を測定することで行えます。純弾性固体(フック固体)の場合、ひずみが完全に同相、つまり位相角デルタ(δ)がゼロになります。純粘性流体(ニュートン液体)の場合、δ = 90°となります。粘弾性ポリマーの位相角は、その間のいずれかの値となります。簡単に言うと、弾性率(E*)は、変形に対する材料の抵抗性を表し、弾性成分または貯蔵エネルギーに相当する貯蔵弾性率(E’)と、熱として放散される流体成分に相当する損失弾性率(E”)と に分解できます。数学的に、これらの弾性率は次のように表されます。
E*=σ/ε(複素弾性率)
E’=E* cosδ(貯蔵弾性率)
E”=E* sinδ(損失弾性率)tanδ=E”/E’
DMAにおける粘弾性実験で特定される重要なパラメータの1つは、ガラス転移温度(TG)です。この温度を超えると、材料の剛性が低下して材料はよりゴムのように振る舞い、この温度未満では材料はより堅くなります。ガラス転移は、損失弾性率のピークまたは損失正接のピークとして報告されることが多く、測定方法によって変動する可能性があります。そのため、TGを求める方法を報告する必要があります。図13に示すとおり、セパレーターフィルムにおけるガラス転移温度は8.9 °C(損失正接のピーク)です。ガラス転移の回数と温度も、ポリマーの種類に関する貴重な情報—例えば、単独重合体、共重合体(ランダムまたはブロック)、特にポリプロピレンの場合の物理的配合など—をもたらす可能性があります。
おわりに
電極および電解液の安定性の評価、ならびに熱流出の可能性の判断における熱分析の役割は、リチウムイオン電池の安全性の観点から十分に裏付けられています。このアプリケーションノートでは、リチウムイオン電池の重要部品である多孔質セパレーターの、動作および安全性に関する評価を実施しました。
TGAは、さまざまな温度における安定性を判断するために使用されます。TGAを拡張して高度な動力学的手法を組み入れることで、寿命を温度の関数として推定できます。
DSCでは、ガラス転移、融解・結晶化熱、融解・結晶化温度などの熱転移に関する重要な情報を取得できます。
TMAは、縦方向および横方向の膨張を温度の関数として求めるために使用されます。一軸延伸フィルムである当社のサンプルの場合、縦方向の収縮は、孔がつぶれてイオン輸送を停止させることで、バッテリーの電源を効率的に遮断し、熱流出を防止するという安全工学の一部です。横方向の寸法変化の評価も重要です。過度の収縮が電極の接触や短絡の原因となるおそれがあるからです。NASAが定めたプロトコールに従って、収縮開始温度、変形温度、および破断温度を求めました。このノートで提案した、収縮開始温度および変形温度を求めるための代替法は、当該試験の主観的性質を低減し、精度を高める可能性があります。
DMAは、機械的完全性を全バッテリー動作条件下で、過度の変形や機械故障なしで維持する上で重要な、セパレーターの機械的特性を決定するものです。
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参考文献
- R Baldwin, W Bennet, E Wong, M Lewton, M. Harris. Battery Separator Characterization and Evaluation Procedures for NASA’s Advanced Lithium Ion Batteries. Glenn Research Center. Cleveland : NASA, 2010.
- Battery Separators. P Arora, Z Zhang. 10, s.l. : American Chemical Society, 2004, Chem Review, Vol. 104, pp. 4419-4462.
- Manufacturing Process of Microporous Polyolefins Separators for Lithium-Ion Batteries and Correlations Between Mechanical and Physical Properties. Mun, Sung Cik. 1013,s. l. : MDPI, August 22, 2021, Crystals, Vol. 11.
- Pore Formation and Evolution Mechanism During Biaxial Stretching of Beta-iPP Used for Lithium Ion Battery Separator. Ding, L. 2019, Materials and Design, Vol. 179.
- Browne, J. TA431 – Deconvolution of Thermal Analysis Data Using Commonly Cited Mathematical Models. TA Instruments. 2020. Applicatons Note.
- A review of advanced separators for rechargeable batteries. Luo, Wei, et al. s.l. : Journal of Power Sources, 2021, Vol. 509. 230372.
- Safety Assessment of Polyolefin and Nonwoven Separators Used in Lithium-Ion Batteries. E Wang, C Ciu, P Chou. s.l. : Elsevier, March 24, 2020, Journal of Power Sources, Vol. 461.
- The Role of Separators in Lithium-Ion Cell Safety. Orendorff,C. 2012. Electrochemical Society Interface . Vol. 21 61.
謝辞
本稿は、TA Instruments社の上席科学者であるJames Browneと同社の新規市場開拓科学リードであるHang Lauが執筆しました。
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