同時DSC-TGA(SDT)測定を使用するLFPリチウムイオン電池カソードの温度評価

キーワード: バッテリー、カソード、温度分析、SDT、LFP

TA480-JA

適用の利点

  • TA Instruments™ Discovery™ SDTを使用すると1台の装置で同時にDSCとTGAの測定を行うことが可能になります
  • 様々な気体による酸化やその他の相互作用を理解するために、制御された異なる雰囲気中で1500℃までサンプルを分析することが可能です
  • Discovery SDT測定は、LFPカソードなどのバッテリー材料の温度安定性、酸化、相変化、相転移温度に対する知見を提供します

要約

リン酸鉄リチウムイオン(LFP)は、リチウムイオン電池でよく使用されるカソード材料です。研究者は、その電気伝導率をコーティング、形態の修正、またはドーピングにより最適化し続けています。熱分析は、処理工程を最適化したり、これらの変更の効果を理解するために、LFPの安定性、相転移、および熱流に関する知見を提供することが可能です。TA Instruments Discovery SDT(示差走査熱量測定(DSC)熱重量分析(TGA)の同時実行)は、所定の温度範囲で材料の重量変化や熱流を測定します。コーティングの含有物や相転移温度、ならびに、酸化発生の可能性や時点も含めて、気体との他の相互作用を理解するために、様々な環境条件下でサンプルを試験することができます。カーボンコーティングを施したLFPを空気、窒素、アルゴン下で試験したところ、空気中では325℃で酸化が始まり、相変化は900℃を超える温度で発生しました。

緒言

1990年代に開発されて以来、リン酸鉄リチウム(LFP)はリチウムイオン電池(LIB)でよく使用されるカソード材料となっています。その利点として特に、LFPはコスト効率や耐久性に優れているほか、現在利用可能なカソード材料の中で最も安全な材料の1つです。高い熱安定性と優れた電気化学特性を提供しますが、電気伝導率が低いために、その性能を最適化する目的で研究が続けられています。

LFPで使用されている戦略の1つはその表面をカーボン(C)コーティングで修飾することですが、カーボンの由来によっては性能やコーティング厚に影響を及ぼす場合があります。コーティングが厚すぎると、リチウムイオンの拡散を妨げ、バッテリーのエネルギー密度が低下します。そのため、高性能を実現するには、カーボンの由来と荷重を最適化したLFP/C複合材料が必要になります[1]。その他の戦略として、電気伝導率を向上するためにLFP形態の修正や材料のドーピングがあります。相転移温度や熱流特性を把握すると、工程の最適化に役立つと同時に、材料修正による効果に対する知見が得られます。LFPでは酸化が容易に発生し得るため、工程中に注意して酸化を避けることが必要になります[2] [3]。

調合業者や製造業者には、コーティングのカーボン含有率や完全性を検証したり、酸化条件を確認したり、相転移挙動を理解したりするための効率的な手段が必要です。コーティング付きLFPを評価するために、示差走査熱量測定(DSC)を熱重量分析(TGA)と組み合わせることが可能です。同時DSC-TGA(SDT)では、材料中の重量変化と熱流の両方を、温度または時間の関数として、最高1500℃までの制御された雰囲気中で測定します。本書では、SDTを使用して重量変化からLFP上のカーボンコーティングの組成を特定し、熱流データから相転移温度と相転移中の反応エントロピーを決定します。また、X線回折法(XRD)を実施してLFPの酸化と結晶構造をさらに詳しく調べます。

実験

市販のコーティング付きLFP粉体はNEI Corporationの好意により提供されました。コーティングの劣化と相転移を調べるため、コーティング未処理LFPを参照用にSigma-Aldrichから購入しました。両方のサンプルの窒素下でのLFPの重量損失と熱流は、TA Instruments SDT 650で測定しました(図1)。NEIのコーティング付きサンプルはその後、さらにアルゴンと空気のパージガス下で測定し、雰囲気の影響を観察しました。サンプルは20℃/分の傾斜率で室温から1200℃まで加熱しました。試験の大半ではアルミナ製とサファイア製のパンを使用しましたが、溶解温度を超える試験では、SDTのさおへの粘着を避けるためにサファイア製パンを推奨されました。

SDTに加えて、XRD実験を実施して、コーティング付きLFPを高温に曝露した後の結晶構造に対する変化を調べました。2つのアニーリング実験を異なる雰囲気条件下で実行しました。1つ目の実験では、LFPの粉体をマッフル炉で350℃まで5℃/分の速度で加熱した後、2時間温度を保ってから、10℃/分の速度で冷却してアニーリングしました。2組み目の粉体は、あらかじめ窒素ガスを200 mL/分の速度で30分間流して残留空気を完全除去したチューブ炉に入れて、窒素雰囲気中でアニーリングしました。粉体はその後、950℃まで5℃/分の速さで加熱し、2時間温度を保ってから、10℃/分の速度で室温まで冷却しました。元の粉体と、それに対応するアニーリング後の粉体は、次いでNEI Corporationにより、リガク社のMiniFlex II XRD装置を使用して特性評価され、構造安定性を調べました。

図1:高温でDSCとTGAを同時に測定できるTA Instruments SDT
図1:高温でDSCとTGAを同時に測定できるTA Instruments SDT

結果および考察

市販のLFPカソードのサンプルにおけるコーティング含有量を図2に示します。コーティング付きのLFPのカソード(青)は3%の重量損失を示したのに対して、コーティング未処理LFP(緑)では有意な重量損失はありませんでした。この結果、コーティング付きLFPカソード材料(青)の損失は3 wt%で、これは有機コーティング含有量に相当し、材料の残りの97%はLFPです。どちらのLFPサンプルも970℃前後で吸熱ピーク融解転移を示しています[4]。コーティング付きLFPのカソードは、同じ温度範囲に渡ってコーティングの分解とLFP相転移の両方を示しました。もっと正確なエンタルピー値を求めるに、吸熱熱流を重量補正熱流としてプロットすると重量調整したエンタルピー値が得られます。

図2:窒素下でのコーティング付き(青)および対照のコーティング未処理(緑)のLFPサンプルにおける重量変化と熱流
図2:窒素下でのコーティング付き(青)および対照のコーティング未処理(緑)のLFPサンプルにおける重量変化と熱流
図3:窒素、空気、アルゴン下でのコーティング付きLFPの熱安定性
図3:窒素、空気、アルゴン下でのコーティング付きLFPの熱安定性

窒素環境に加えて、サンプルを空気中とアルゴン中でも試験してこれらの気体との安定性と相互作用を決定しました。図3は空気、窒素、アルゴン中のコーティング付きLFPで得られた熱流と重量損失を示します。窒素とアルゴン下では、コーティング付きLFPはサンプルが900℃を超えるまで安定していますが、この温度でコーティングが劣化し始めます。

コーティング付きLFPのサンプルは空気中で432℃前後で吸熱反応ピークを示しました。また、重量増加が300℃前後で発生していますが、これは酸化によるものと考えられます。表1に示されるように、コーティング付きLFPのピーク温度は、窒素中では975℃、アルゴン中では982℃でした。

表1:窒素、空気、アルゴン下でのコーティング付きLFPの吸熱ピーク温度と重量損失

パージガス 吸熱ピーク温度(℃) 重量損失(%)
窒素 975 3.13
空気 993
アルゴン 982 3.05

SDTを使用すると、LFPの温度安定性について最初の一通りの選別を迅速に行うことが可能になります。この結果は、LFPが高温に曝露した後の結晶構造変化を評価するためのXRD分析におけるアニーリング条件を選択する際に使用することができます。図2において吸熱相転移が開始している950℃の温度で、コーティング付きLFPのサンプルを窒素下でアニーリングしました。その他のコーティング付きLFPのサンプルのアニーリングは、図3では350℃前後の温度で重量増加が見られるため、空気下350℃で行いました。この重量増加は酸化が発生している可能性を示しており、この酸化の開始温度を決定するためにSDT分析を使用することができます。図4にプロットされた一次導関数の信号は、重量増加率と、325℃での増加開始を示しています。

図4:コーティング付きLFPの空気中の重量変化(青)、熱流(緑)、重量変化の導関数(赤)
図4:コーティング付きLFPの空気中の重量変化(青)、熱流(緑)、重量変化の導関数(赤)

図5に示すように、対応するXRD実験により酸化が確認されました。不純物相は粉体が空気中でアニールされるときに形成され、酸化反応が空気中350℃でコーティング付きLFP粉体と酸素の間で発生することを示しています。コーティング付きLFP粉体が窒素雰囲気中でアニーリングされた場合、不純物相は観察されませんでした。ただし、ピークの幅が広がっているように見え、これは、熱誘導された格子構造の「変形」によると考えられます。[5] [6] これは、図2のSDTデータが示す相転移開始温度である950℃でのアニーリングによる、結晶構造の微小な変化に関係している可能性があります。

図5:窒素下950℃(オレンジ)、空気下350℃(緑)でコーティング付きLFPをアニーリングした場合、提供されたままのLFP(青)、および対照用LFP(茶)のXRD分析
図5:窒素下950℃(オレンジ)、空気下350℃(緑)でコーティング付きLFPをアニーリングした場合、提供されたままのLFP(青)、および対照用LFP(茶)のXRD分析

結言

TA Instruments SDTは、LIBカソード中の活性材料の温度安定性と相転移をスクリーニングすることができます。 空気、窒素、アルゴンとの反応温度、放出エネルギー、重量変化、
相互作用を調べることができます。今回の実験で調べたLFPサンプルでは、コーティングに3 wt%の有機材料を含むことが分かりました。LFPサンプルは、窒素中とアルゴン中では900℃まで安定していましたが、空気中では370℃で酸化してから、その後さらに高い相転移温度を示しました。そしてこの酸化はXRD分析により確認されました。カソード材料の安定性に関する知見を提供することに加えて、SDTの結果は、酸化温度や相転移温度など、関心のある温度でのLFPの結晶構造を決定するためにも使用することが 可能です。

参考文献

  1. E. Avci, “Enhanced cathode performance of nano-sized lithium iron phosphatecomposite using polytetrafluoroethylene as carbon precursor,” Journal of Power Sources, vol. 270, pp. 142-150, 2014.
  2. Z. Ahsan, B. Ding, Z. Cai, W. Yang, Y. Ma and M. S. Javed, “Recent progress in capacity enhancement of LiFePO4 cathode for Li-ion batteries,” Journal of Electrochemical Energy Conversion and Storage, vol. 18, no. 1, 2021.
  3. K. Kretschmer, “Phosphate-based cathode materials for rechargeable batteries,” 2018.
  4. M. Gauthier, C. Michot, N. Ravet, M. Duchesneau, J. Dufour, G. Liang, J. Wontcheu, L. Gauthier and D. D. MacNeil, “Melt Casting LiFePO4 : I. Synthesis and Characterization,” Journal of The Electrochemical Society, vol. 157, no. 4, pp. A453-A462, 2010.
  5. T. Ungár, “Microstructural parameters from X-ray diffraction peak broadening,” Scripta Materialia, vol. 51, no. 8, pp. 777-781, 2004.

謝辞

この実験は、NEI Corporation (Somerset、New Jersey)との協力により行われました。TA InstrumentsのApplication SpecialistであるJennifer Vail博士と Andrew Janisse博士、並びにTA InstrumentsのNew Market Development Scientific LeadであるHang Lau博士によって執筆されました。

TA InstrumentsおよびDiscoveryはWaters Technologies Corporationの商標です。

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