キーワード:黒鉛、バッテリー、TGA、アノード
TA470-JA
要約
天然でも人造でも、黒鉛はリチウムイオンバッテリーアノードに最もよく使われる材料です。黒鉛粒子の種類、純度、形状、粒径は、バッテリー性能やサイクル数寿命に大きく影響します。熱重量分析 (TGA) では、黒鉛の分解を測定し、粒径、均一性、純度に関して特性評価することができます。工業用黒鉛サンプルの分析では、分解温度が粒径に依存することが示されています。この研究は、TGAは黒鉛の熱特性を理解するだけでなく、品質管理に使用したり、粒径分析などの他の技法を補足できることを示しています。
はじめに
現在のリチウムイオンバッテリー (LIB) のアノードは、通常は銅電流集電体に黒鉛を蒸着させて作られています。人造黒鉛も天然黒鉛も使用できますが、天然黒鉛に比べ、人造黒鉛はより高価ながら純度が高く、サイクリング挙動が予測しやすくなっています[1]。黒鉛スラリーが銅箔に蒸着され、乾燥されると、黒鉛粒子、バインダー、その他の添加剤のコーティングが残ります。黒鉛粒子には、コーティング品質に影響する可能性のある固有の粒度分布があります。このコーティングの性質は、容量やサイクル数寿命などのLIBの性能特性に影響する可能性があります[1][2][3]。現在は記録密度が高くなり、その結果容積に影響する8~30 µmの粒径がが理想的なようです[1]。
熱重量分析 (TGA) は、劣化に対する粒径の影響を調べるのに使用できます[4]。また、さまざまな形態の黒鉛(黒鉛、グラフェン、酸化グラフェン)を区別し、サンプルの純度と均一性の特性を示すためにも使用されています[5]。TGAは、炉内での加熱プログラムを経たサンプル内の重量変化を測定する熱分析法であり、品質管理と研究環境の両方で使用されるわかりやすく信頼性のある分析ツールです。重量変化メカニズムの1つは、サンプルの分解です。分解の運動性質により、重量変化が発生する温度は、温度上昇速度、サンプル質量、サンプル形態、粒径など多数のパラメーターの影響を受けます。
本ノートでは、さまざまな粒径の天然黒鉛と人造黒鉛にTGAを実施します。分析は、バッチ一貫性や不純物など、品質管理で有用な情報をもたらします。
適用の利点
- TGAの分解温度は粒径に大きく影響されるため、標準の粒度分布測定に対する補足、また場合によってはそれを向上させるものが得られます。
- TGA分解プロファイルの構造は、標準の粒度分布測定では検出できないようなさまざまな種類の黒鉛や不純物の存在を示します。
- TGA残渣測定は、熱的に不活性な無機不純物の存在に対する簡単なスクリーニングパラメーターをもたらします。
実験
粉末黒鉛サンプルは、NEI Corporation社から入手しました。均一なプロセスで製造された天然黒鉛の3つのサンプルを入手し、これを「NEI 01」、「NEI 02」、「NEI 03」と呼びます。また、「NEI Synthetic」という人造サンプルも1つ用意しました。NEI社では、Microtrac MRB社製レーザー回折粒径分析計を使用して各サンプルに粒径分析を実施しました。平均粒径は約7.5~25 µmの範囲にありました。典型的な粒度分布 (PSD) 結果を図1に示します。緑色の曲線は、示されているメッシュサイズの仮想ふるいを通過する粉末の総割合を表しています。赤いヒストグラムは、粒径がヒストグラムの棒の幅となる粒子の割合を示しています。
TGA実験には、TA Instruments社製Discovery 5500を使用しました。TGAは、室温から1000 °Cまで10 °C/minのペースでエアパージと100 µlのプラチナパンで3重で行いました。サンプル質量は約20 mgで、0.4%内に厳密に管理されています。
サンプルが厳密に質量管理されているため、TGA曲線のシフトを生じているのはサンプル質量のバラつきが原因ではありません。またこれにより、図2に示すように各サンプルに対するラン間の再現性が大きく向上します。図2で見られる単一の重量損失は、エアパージ中の炭素の燃焼によるものです。1回の重量ステップですべてのサンプルが残留物を残すことなく重量ゼロパーセントに分解されており、それぞれサンプルの均一性と純度を示しています。発表された研究では、黒鉛、グラフェン、酸化グラフェンが異なる温度でどのように分解し、重量損失が起きる回数も異なるか(酸化グラフェンの場合)、またこれが品質管理の面からどの程度重要かも異なることが示されています[5]。同様にして、図2に示す分解に至るまでの重量シグナルの絶対的安定性と導関数信号に構造がないこと(非表示)は、どちらもサンプル組成が均一であるという結論を裏付けます。検出されるあらゆる残留物は、サンプル純度の尺度として使用されます。これもバッテリー製造業者にとって非常に重要な品質管理パラメーターです。
結果および考察
天然黒鉛
3つの天然NEI社製黒鉛サンプルのPSD曲線のオーバーレイを図3に示します。分布にはかなりの重なりがあり、データが粗いことからこの3つのサンプルをきれいに分離することは難しくなっています。
しかしながら、ミクロン単位のメジアン径または平均粒径である測定されたD50値も粒径データレポートには含まれています。表1にはサンプルのD50の値が示されており、サンプル02で値が最も小さく、サンプル03で値が最も大きくなっています。
表1. NEI社製黒鉛サンプルのメジアン径であるD50
サンプル | D50 (µm) |
---|---|
NEI 01 | 15.95 |
NEI 02 | 14.11 |
NEI 03 | 17.97 |
図4は、3つのNEI社製サンプルのTGA結果をプロットしたものであり、1回のステップですべてのサンプルがゼロ重量パーセントに分解しています。測定された粒径データとは逆に、測定されたTGAデータは、各サンプル間の分離を非常に明確にしています。TGAの順序はPSDからの順序と一致し、最小のD50サンプルが最低温度で分解し、より大きなD50サンプルは分解により高い温度を必要としています。このようにTGAデータは、PSDのD50値を裏付けます。このような補足データから、これらの3つの黒鉛サンプル間に粒径の違いがほとんどないことが確実になります。
観察された分離を定量化する方法は複数あります。TGAでの典型的な方法は、重量損失曲線対温度の導関数をプロットし、ピーク最大値の温度を測定することです。データを評価する別の方法は、特定の重量損失があった温度を測定することです。このようにして、2つのパーセンテージに対してデータを分析しました。サンプルが15%の重量を失った温度 (T15) と、50%の重量を失った温度 (T50) です。T15分析は、他の研究者がTGA曲線上で定量可能なデータ点としてすでに使用しています[4]。図5は、分解曲線に対するこれらの測定それぞれを図示しています。
図4のデータに対する3つの分析法すべての表形式の結果と統計を表2に示します。このデータから、T15およびT50分析は、導関数よりも優れた統計結果を生むことがわかります。TGAデータは、分解パラメーターに対する粒径の影響を明確に示しており、これは他の研究者の結果と一致します[4][5]。また、T15サンプルもT50サンプルも測定値が標準偏差の2倍以上離れているため、サンプル間には非常に細かい差があると言えることがわかります。
表2. 導関数ピーク温度、15%重量損失ポイント、50%重量損失ポイントによるNEI社製天然黒鉛のTGA曲線の分析に対する統計結果のまとめ。
サンプル | 導関数ピーク平均 (°C) | 標準偏差 (°C) | T15平均 (°C) | 標準偏差 (°C) | T50平均 (°C) | 標準偏差 (°C) |
---|---|---|---|---|---|---|
NEI 03 | 829.66 | 0.53 | 734.30 | 0.27 | 809.06 | 0.24 |
NEI 01 | 826.05 | 2.69 | 729.87 | 0.30 | 803.90 | 0.79 |
NEI 02 | 822.54 | 0.69 | 720.92 | 0.22 | 797.13 | 0.22 |
人造黒鉛
NEI 03天然黒鉛と比較した場合のNEI SyntheticサンプルのPSDデータを図6に示します。人造サンプルに対して報告されたD50値を表3に示します。値は、NEI 03に対する値17.97とほぼ同一です。体積分布の平均径であるMvなどの他の測定値も、非常に類似しています(20.33 µmと19.68 µm)。
粒径が類似しているにもかかわらず、
図7に示すように、TGAデータはこの2つのサンプルの間の明確な違いを示しています。対応する導関数ピークT15とT50の結果を表4に示します。分解温度のシフトは、データの優れた再現性と合わせ、TGAが等級の違う黒鉛サンプルの特性評価に有用となり得ることを示しています。
表3. NEI SyntheticおよびNEI 03黒鉛サンプルのD50の比較
サンプル | D50 (µm) |
---|---|
NEI Synthetic | 18.20 |
NEI 03 | 17.97 |
表4. 導関数ピーク温度、15%重量損失ポイント、50%重量損失ポイントによるNEI Synthetic黒鉛のTGA曲線の分析に対する統計結果のまとめ。
サンプル | 導関数ピーク平均 (°C) | 標準偏差 (°C) | T15平均 (°C) | 標準偏差 (°C) | T50平均 (°C) | 標準偏差 (°C) |
---|---|---|---|---|---|---|
NEI Syn | 805.84 | 0.62 | 697.39 | 0.67 | 777.15 | 0.48 |
天然黒鉛と人造黒鉛
TGAは、粒径データを補足または場合によっては明確にするために使用する他、D50などのPDS特性とT15およびT50温度との間の相関関係を調べることもできます[4]。Jiangら[4]とFarivarら[5]は、T15の値と導関数ピークをそれぞれ平均粒径に対してプロットしました。類似したプロットを構築し、天然サンプルと人造サンプルの間の傾向を比較すると有用です。
図8は、検討した4つのサンプルについて測定されたT15対D50のプロットを示しています。質量の変化は劣化温度をシフトすることがあるため、このようなプロットはサンプルの特定の質量にのみ関連することを指摘しておくことが重要です。天然サンプルは、他の研究者が観察したように[5]粒径に対してかなりの直線関係を示していますが、人造サンプルは計算された傾向線に適合しません。
天然黒鉛と人造黒鉛の間には形態的な違いがあり[1]、形態と結晶構造も劣化温度に影響するパラメーターとなり得ます[6]。確実に分かっているわけではありませんが、サンプル形態や結晶構造が人造黒鉛のオフセットの根底にあってもおかしくはありません。粒径と劣化温度との間で直線関係から大きな逸脱を示していることは、さらに精査を必要とするサンプルを強調している可能性があります。慎重に生成されれば、このような曲線は黒鉛特性をバッテリー用途の電気化学的性能と関連付ける有用なツールとなり得ます。
おわりに
天然黒鉛と人造黒鉛の両者に熱重量測定を実施しました。天然黒鉛への測定は、重量損失データが粒径に影響されることを示し、これは以前に発表されているデータと一致します。導関数ピーク、15% (T15) 重量損失での温度、50% (T50) 重量損失での温度は、すべて粒径で追跡されます。組み合わせると、TGAデータは粒径データを補足し、かつ明確にすることができます。
人造サンプルは、粒径が非常に近い天然サンプルよりも低い温度で劣化することが観測されました。また、3つの天然サンプルが示す線形進行に適合しませんでした。これはおそらく形態と結晶構造によるものと考えられます。天然黒鉛と人造黒鉛には、形態と結晶構造の両方においてそれぞれの製造工程から得られた固有の違いがあります。粒径分析は、こういった違いを明らかにはできない可能性があります。熱重量分析計は、品質管理と粉末黒鉛が使用される分析研究環境の両方で利用されています。この中には重要なバッテリー研究分野が含まれ、サンプルの均一性と純度に関する情報をもたらします。これは黒鉛材料を特性評価する迅速で信頼性ある簡単な分析法です。
参考文献
- J. Asenbauer, T. Eisenmann, M. Kuenzel, A. Kazzazi, Z. Chen and D. Bresser, “The success story of graphite as a lithium-ion anode material- fundamentals, remaining challenges, and recent developments including silicon (oxide) composites,” Sustainable Energy & Fuels, vol. 4, no. 5387, 2020.
- C. Mao, M. Wood, L. David, J. An, Y. Sheng, Z. Du, H. M. Meyer III, R. E. Ruther and D. L. Wood III, “Selecting the Best Graphite for Long-Life, High-Energy, Li-Ion Batteries,” Journal of The Electrochemical Society, vol. 165, no. 9, pp. A1837-A1845, 2018.
- F. Roder, S. Sonntag, D. Schroder and U. Krewer, “Simulating the Impact of Particle Size Distribution on the Performance of Graphite Electrodes in Lithium-Ion Batteries,” Energy Technology, pp. 1588-1597, 2016.
- W. Jiang, G. Nadeau, K. Zaghib and K. Kinoshita, “Thermal analysis of the oxidation of natural graphite- effect of particle size,” Thermochimica Acta, vol. 351, pp. 85-93, 2000.
- F. Farivar, P. L. Yap, R. U. Karunagaran and D. Losic, “Thermogravimetric Analysis (TGA) of Graphene Materials: Effect of Particle Size of Graphene, Graphene Oxide and Graphite on Thermal Parameters,” Journal of Carbon Research, vol. 7, p. 12, 2021.
- T. J. Neubert, J. Royal and A. R. Van Dyken, “The Structure and Properties of Artificial and Natural Graphite,” 1955.
謝辞
本稿は、TA Instruments社の主席アプリケーション科学者であるGray Slough (PhD) が執筆しました。
黒鉛サンプルをご提供いただき、またすべてのサンプルに粒度分布測定をしていただいたNEI Corporation社に深く感謝します。
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