キーワード:レオロジー、リチウムイオンバッテリー、アノードスラリー
RH130-JA
要約
バッテリー溶剤は、環境に対する悪影響のために圧力と規制が高まっており、メーカーはより持続可能な慣行を特定する必要に迫られています。注目を集めているものの一つは電極溶媒で、これは資源集約的な溶媒乾燥・回収プロセスがバッテリー製造コストの大半を占めています。より良い環境への配慮とコスト削減のプロセスを企業が目指す中で、新素材がスラリーの全体的な安定性と塗装プロセスに及ぼす影響を理解することが重要になります。このアプリケーションノートでは、レオロジー方法の使用によりスラリーの流動挙動と粘弾性を介してスラリーのエージングと安定性を調査します。研究したスラリーは、経時的な安定性低下を示し、これは生産環境において適切なバッチ寿命を示すために利用することができます。
はじめ
リチウムイオンバッテリー (LIB) は、家電製品から電気自動車まで、さまざまな用途の主要なエネルギー貯蔵手段として進化してきました[1]。将来のエネルギー貯蔵ソリューションはバッテリー業界によって先導されていますが、バッテリーの製造プロセスには依然として障害があります。これらの課題には、製造コストの削減、構成要素の最適化、構成要素の均質・一貫混合、持続可能性関連の課題、および有機溶媒などの中間材料が大量に使用されていることが含まれます。また、政府の規制は有害物質の使用をますます制限しています。現在、N-メチルピロリドン (NMP) などの電極スラリー処理に使用される一般的な有機溶媒を削減または置き換えて、製造の持続可能性を達成し、コストを削減するための大きな努力がなされています[2]。NMPは、LIBで使用される最も一般的なバインダーの1つであるポリフッ化ビニリデン (PVDF) を溶解することができるため使用されています[3]。有機溶媒の使用およびPVDFの処理により、持続不可能な製造方法になってしまいます。このような不利のため、水溶性のバイオ由来ポリマーバインダーが利用できる水性スラリーが開発され、同時にスラリーの固形分を増加させて必要な溶媒量を減少させることができるようになりました。幅広く使用され持続可能なバインダーとして選択されているのは水性アノードスラリー調合用のカルボキシメチルセルロース (CMC) です。このポリマーは、セルロースに由来するため環境と両立でき、低濃度であれば水溶性です。
CMC水性スラリーの持続可能性の利点は明らかですが、バイオベースのバインダーシステムには実用的な懸念があります。そのような考慮事項の1つは、バイオベースポリマーの加水分解可能な性質です。CMCでは、高分子構造を分解することができる細菌などの優勢な不純物が存在する場合、自然な結果として加水分解反応が起こります。これらの反応は、スラリー中の活性物質の分散を安定させる弱いCMC網目の構造破壊をもたらす可能性があります。レオロジーは、この構造とそれに続く処理後の分解を調査するための理想的な手段です。弱い網目構造に対するレオロジー測定の感度は、バッテリースラリー製造プロセスで通常オフラインで行われる単点粘度計試験よりも優れています。
このアプリケーションノートでは、CMCベースの水性アノードスラリーの安定性を時間の関数として検討します。経時的なレオロジー変化は、スラリーの最適な処理において重要です。効率的な品質分析・品質管理 (QA/QC) 試験には、製造プロセス中の粘度および粘弾性挙動の決定が非常に重要であり、これはHRシリーズレオメータで達成することができます。
実験
本研究で使用したスラリーは、黒鉛、導電炭素 (CC)、CMC、およびスチレンブタジエンゴム (SBR) を含有する水性アノードスラリーです。成分濃度を工業的に有意な濃度比に最適化し、59重量パーセント(重量%)の総固形分含有負荷で調製しました。スラリー製造プロセスにおけるコストや時間を削減するために、高固形分を利用することができます。このように溶媒を削減すると、乾燥時間とともにコストを削減し、より高いスループットが可能になります。
本研究に使用したアノードスラリーは、NEI Corporation提供の原料を用いて調合しました。調合は、固形分含有率を重量パーセントとして、天然黒鉛が92%、CCが3%、CMCが1.5%、およびSBRが3.5%でした。SBRは、50%の水分散体として供給されました。簡潔に述べると、スラリーは、CMC粉末を攪拌プレートに添加し、所望の含水量およびSBR分散液と混合することにより調製しました。この混合物を8時間攪拌しました。熱劣化の影響を避けるために加熱はしませんでした。次に黒鉛およびCCを添加し、スラリーをボルテックスし、更に4時間攪拌しました。TA Instruments™のDiscovery™ TGA 5500を使用した熱重量分析測定によると、使用したスラリーは、固体を59重量%含有していました。
レオロジー測定は、TA InstrumentsのDiscovery™ HR30レオメーターを使用して行いました。周波数掃引は、100~0.1 rad/sの線形粘弾性領域 (LVR) 以内の低ひずみ (0.1%) で行いました[4]。サンプルを1、3、4、および7日間エージングした後、TRIOSソフトウェアで定常状態検知を選択して、流動掃引を0.01〜1000 s-1から行いました。時点実験では、磁気攪拌器を使用してサンプルを連続的に攪拌しました。さらに、均質な分散を確保して沈降効果を除去するように、各試験の前にサンプルをボルテックスしました。すべての実験は、40 mmのアルミニウム平行プレートおよび25℃で温度を一定に保持するためのAdvanced Peltier Plateを下方に用いて行われました。0.5 mmの試験ギャップをすべての実験において使用しました。
結果および考察
流動挙動
スラリー粘度を測定するために流動掃引試験を行いました。図1は、1、3、4、および7日間エージングしたスラリーの流動掃引データを示します。1日スラリーの流動曲線では、132 Pa.sの低ずり粘度を示し、その後にずり流動化挙動が観られます。エージングしたスラリーでは、低ずり粘度が83.1 Pa.s、35.7 Pa.s、および21.4 Pa.sに低下したことが、それぞれ3、4、および7日目のエージングしたサンプルについて観られます。これらの結果は、スラリー構造が経時的に弱体化したことを示しています。同じサンプルであるため、同様のずり流動化挙動が観察・予想されますが、弱い網目安定性は低下します。
全てのサンプルについて、ずり流動化と共にずり平坦域の特徴が中間ずり領域において観られます。これは、この特定の調合において十分なずりが達成されたときに、ある程度の構造形成または再構成が存在することを示しています。この構造再構成は、平坦域におけるずり流動化の程度を減少させます。平坦域に続き、高いずり速度では、4つのサンプルの粘度すべてについて有意な低下があります。
スラリーの固形分含有量が高いため、ずり誘発構造形成の可能性は明確です。この分散体の高分子部分は、スラリー全体の5%を占めます。CMCとSBRは協調して活性物質を結合し、黒鉛+導電炭素の量が54重量%といった極めて高い濃縮分散体を生成します。高固形分の水性アノードスラリーでこの中間ずり平坦域が現れることは、以前の研究で示されました[5]。この平坦域はスラリー内で起こるずり誘導秩序化から生じ得るものです。このスラリーでは、黒鉛および導電性炭素がポリマー網目においてずり速度依存の秩序を持っています。もう一つ興味深い特徴は、サンプルがエージングするにつれて、平坦域がわずかに高いずり速度にシフトしている様子です。TRIOSソフトウェアの統計解析を用いて、平坦域の中間点におけるシフトを定量化することができました。より高いずりへのシフトは、1日、3日、4日、および7日のサンプルにおいて、それぞれ、2.5、10.0、15.8、および25.1 s-1から観察されました。観察された粘度の低下は、分散液を安定化させるポリマー構造の完全性損失が原因であると考えられます。これは、活性成分の凝集につながる可能性があります。CMC網目構造の変化がこれらの水性スラリーの微細構造および流動挙動において重要な役割を果たしていることは、以前から示されています[6]。このマイクロスケールの構造変化は、観察されたようにずり依存現象として発現します。単点粘度計では、この構造変化は観察されません。
粘弾性
粘弾性は、液体および固体の特性を有する材料の性質を表します。電池製造で使用されるスラリーの場合、粘弾性は望ましい特性です。その理由は、材料が液体のように流れる性質を有することが、時には有利であるからです。また、塗装後などに、塗料が流れ落ちないように、固体により近い材料が望ましい時もあります。粘弾性挙動が強いと、材料に実施するプロセス時間の尺度によって変動しやすくなります。そこで、振動周波数掃引試験を用いて、スラリーの粘弾性特性を調査しました。
図2は、4つのサンプルの周波数掃引データを示しています。高周波領域から始め、損失弾性率 (G”) は、すべてのサンプルの貯蔵弾性率 (G’) を上回っています。これは、液体のような挙動であることを示しています。1日、3日、4日の時点では、周波数が低いほどG’が大きくなる弾性率交差が発生し、ゲル状構造への移行を示しています。この交差点は、材料の網目構造の変化に関連していて、材料の特性です。図3に見られるように、この交差が発生したG’値は、サンプルがエージングするにつれてより低い弾性率に下がります。最も低い周波数領域では、G’において平坦域が発生し始め、これは弱い構造を示しています。エージングの関数として形成された弱い網目のG’を図3に示します。7日間エージングさせたサンプルは、Gの交差が観察されず、周波数範囲全体にわたって液体のような挙動が観られたという点で、特異的でした。この流動性の増加は、乾燥中の塗料が適切に硬化するためにある程度の構造的な回復が望まれる塗装プロセスにおいて問題となり得ます。
また、低周波領域平坦域G’の低下も、弱い網目が形成されているとはいえ、サンプルがエイジングするにつれて網目がその構造的完全性を失っていることを示しています。この網目の破壊は、スラリーの安定性の損失につながります。QA/QCの観点から、粘弾性に関するこの情報は、処理中にスラリーがどのように挙動するかについての洞察を提供します。例えば上記のデータから、新規に調製するスラリーには、流動性がより低下した濃厚なものが期待されると思われます。しかしながら、より流動性の高い液体を活性材料と混合する場合、製造プロセスにおいて凝集が起こることを考慮する必要があり得ます。
おわりに
バッテリーメーカーが持続可能な製造を行うよう政府や規制機関が押し進める中、環境に優しい構成要素を含む水性スラリーの使用が望まれます。製造を最適化するためには、調合や過程の変更がスラリーに及ぼす影響を理解する必要があります。バイオ由来バインダーを含有する高固形分バッテリーアノードスラリーのレオロジー測定で、スラリーの構造と特性に対するエージングの影響を調査しました。Discovery HRレオメーターを使用して、スラリーが1週間エージングするにつれて粘度が低下し、ポリマー網目の完全性が低下することが判明しました。この網目安定性損失は、その後、スラリー中の無機物間でのずり誘起凝集の変化をもたらしました。低いずり速度と低い周波数での計器の感度が良いため、これらの微妙で特有のレオロジー特性の違いを検出することが可能になりました。これにより、QA/QC試験およびスラリー最適化測定において有用なツールであることがわかります。
参考文献
- T. Kim, W. Song, D.-Y. Son, L. K. Ono and Y. Qi, “Lithium-ion batteries: outlook on present, future, and hybridized technologies,” Journal of Materials Chemistry A, no. 7, 2019.
- S. S. Sharma and A. Manthiram, “Towards more environmentally and socially responsible batteries,” Energy and Environmental Science, vol. 13, pp. 4087-4097, 2020.
- C. M. Costa, E. Lizundia and S. Lanceros-Mendez, “Polymers for advanced lithium-ion batteries: State of the art and future needs on polymers for the different battery components,” Progress in Energy and Combustion Science, vol. 79, 2020.
- K. Whitcomb, “RH107: Determining the Linear Viscoelastic Region in Oscillatory Measurements,” TA Instruments, New Castle, DE.
- C. D. Reynolds, S. D. Hare, P. R. Slater, M. J. H. Simmons and E. Kendrick, “Rheology and Structure of Lithium-Ion Battery Electrode Slurries,” Energy Technology, vol. 10, no. 10, 2022.2.
- R. Gordon, R. Orias and N. Willenbacher, “Effect of carboxymethyl cellulose on the flow behavior of lithium-ion battery anode slurries and the electrical as well as mechanical properties of corresponding dry layers.” Journal of Materials Science, vol. 55, pp. 15867–15881, 2020.
謝辞
本記事はTA InstrumentsのMark Staub博士によるものです。
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