バッテリーセパレーター膜の開発:コーティングの影響

キーワード:DSC、TMA、TGA、DMA、熱分析、バッテリー、バッテリーセパレーター、リチウムイオンバッテリー、ポリオレフィン

TA462-JA

要約

バッテリーセパレーターはリチウムイオンバッテリーの性能と安全性に非常に重要であり、電極間の物理的障壁として作用しながらイオン交換を可能にしています。多孔質ポリマー膜にコーティングを塗布すると、特性や性能を向上させることができます。このアプリケーションノートでは熱分析法を利用して、コーティングされていないセパレーターとコーティングされているセパレーターを特性評価します。セパレーターの安定性、分解、およびポリマー含量を決定するには、熱重量分析 (TGA) を使用します。融点と結晶化度は、示差走査熱量測定 (DSC) を使用して求めます。熱機械分析 (TMA) は、寸法変化を温度の関数として測定して収縮および破断温度を決定します。最後に、動的機械分析 (DMA) を使用して粘弾性実験を実施し、温度依存の機械的応答を測定します。

はじめに

セパレーターはリチウムイオンバッテリーの重要な部品であり、カソードとアノード間の障壁として作用しながら、イオン交換を可能にします。この多孔性ポリマー膜の特性がバッテリーの安全性、エネルギー容量、寿命サイクルに影響します。この膜は電気的に絶縁性があるだけでなく、優れた熱的、化学的、機械的安定性を必要とします[1]。一般的なセパレーター材としては、ポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィンがあり、多くの場合は性能を増強するために重層構造になっています。膜を無機材料でコーティングすると、機械的特性および熱的特性をさらに向上させることができますが、コーティングの多孔性によってイオン伝導が確保されるよう注意することが必要です。セパレーターをコーティングした後は、セパレーターの特性が予想されているものと一致することを確認することが重要です。

バッテリーセパレーターの重要な特性は溶融完全性であり、これは融点を超えてからの機械的耐久性です。特定の温度を超えると、溶融によって孔が閉じ、セパレーターがイオン輸送や停止を止める絶縁層となります[2]。セパレーターが機械的に機能しなくなったり、破断したりしないことは非常に重要です。これは電極が接触しないようにするためであり、接触してしまうとバッテリーに熱暴走が起きます。バッテリーセパレーターの溶融完全性は、熱機械分析装置 (TMA) を使って特性評価できます。他の重要なセパレーター特性には、融点、分解温度、結晶化度、また貯蔵弾性率やヤング率と言った機械的特性があります。

このノートは、コーティングされているセパレーターとコーティングされていないセパレーターを特性評価するために、TA457[3]に概略されているワークフローを適用します。TMAの他に、示差走査熱量測定 (DSC)、熱重量分析 (TGA)、動的機械分析 (DMA) が使用されます。

実験

ポリエチレン (PE) 製のコーティングされていないセパレーターとセラミックでコーティングされたセパレーターは、SpectraPower社のご厚意で提供していただきました。コーティングされていないサンプルは厚さ0.01 mm、コーティングされたサンプルは厚さ0.02 mmでした。

TGAはバッテリーセパレーターの熱安定性と組成を調べることができます。この研究では、TA Instruments社製Discovery TGA 5500を使用しました。コーティングされたサンプルとコーティングされていないサンプルをTGAプラチナパンに合うように切断し、窒素パージ下で10 °C/minのペースで1000 °Cまで加熱しました。セパレーターの融点は、加熱、冷却、加熱の実験でDiscovery 2500 DSCを使用して特性を明らかにしました。サンプルは、窒素パージ下で-50 °Cから250 °Cまで10 °C/minのペースで加熱しました。

TMAは、直線温度傾斜において定荷重での膜の寸法変化を測定します。破断点前に、サンプルでの収縮度を観察します。コーティングされたセパレーターおよびコーティングされていないセパレーターの溶融完全性を、TA Instruments社製Discovery TMA 450を使用して決定しました。長さ8 mm、幅2.6 mmのサンプルを、膜/ファイバープローブを使用して0.01 Nの一定力で引っ張って保持しました。5 °Cで平衡した後、破断するまでサンプル温度を2 °C/minのペースで上昇させました。破断は、収縮開始後の最低点で発生することがわかりました。測定は3回繰り返し、実験のたびに新しいサンプルを使用しました。コーティングされているサンプルとコーティングされていないサンプルに対し、収縮開始と破断温度を記録しました。

セパレーターの温度依存の機械的応答は、動的機械分析 (DMA) を使用して測定しました。長さ5 mm、幅5.6 mmの長方形のサンプルを、大ひずみ、小ひずみ、温度傾斜を使用してTA Instruments社製Discovery DMA 850上で試験しました。すべてのサンプルは、開始膜の機械加工方向から準備しました。大ひずみ傾斜の場合、セパレーターはNASA/TM—2010-216099[4]と同じように35 °Cおよび60 °Cでひずませました。前荷重0.001 Nをかけ、温度を5分間平衡させてから、ひずみ傾斜5%/minをかけました。サンプルは0.5%~450%までひずませ、測定は3回実施しました。小ひずみ傾斜の実験は35 °Cで実施し、ヤング率を取得しました。サンプルに事前に
0.01 Nの負荷をかけ、5分間温度を平衡させ、その後1%/minでひずみをかけました。ヤング率の計算には、最大0.05%のひずみ値を使用しました。温度傾斜を実施し、セパレーターの貯蔵弾性率と損失弾性率を決定しました。サンプルは、初期前荷重力0.1 Nと力追従値150%を使用して引っ張った状態に維持しました。周波数1 Hzで、-10 °C~120 °Cまで、3 °C/minで0.1%のひずみをかけました。

結果および考察

熱重量分析 (TGA)

TGAの結果を図1に示します。導関数重量損失は分解プロセスに関係しており、これを使用してサンプル内の各化合物の組成や割合を決定します。コーティングされていないポリエチレン製セパレーターの分解ピーク温度は465.1 °Cです。同じ温度で、コーティングされたセパレーターには37.2%の質量損失があり、これはポリエチレンの組成であることを示しています。次に496.5 °Cでコーティングバインダーが分解し、残った材料は無機コーティングです。セパレーター組成の分析を表1に示します。

1. TGAによるセパレーターの組成

セパレーター 組成
非コーティング ポリエチレン
コーティング 37.2%ポリエチレン

5.8%バインダー

55.1%無機コーティング

Figure 1. TGA curves of coated separator (blue) and uncoated separator (green)

示差走査熱量測定

融点、溶融への影響を分析し、さらにTGA結果から決定されるポリマー含量の特性を理解するため、DSCを使用しました。図2は、ポリエチレン製セパレーターの溶融が135 °Cで発生することを示しています。融解熱を使用すると、ポリマーの結晶化度を決定できます[5][6]。コーティングされていないセパレーターの場合、融解熱は226 J/gでした。TGAで判定されたように、コーティングされたセパレーターのポリエチレン含量は37.2%であり、式1を使用するとポリエチレンの融解熱ΔHf(PE)が決定できます。

ここでΔHf(s)はコーティングされたセパレーターのエンタルピーであり、Wt(PE)%はTGAからのポリエチレン含量の重量パーセントです。

その結果、コーティングされたサンプル内のポリエチレンの融解熱は186 J/gとなります。対応する結晶化度はコーティングされていないセパレーターでは76.9%であり、コーティングされたセパレーターでは63.7%です。ポリマーの結晶化度は材料の物理的特性に影響するため、これらのセパレーターの特性には違いがあることが予想できます。

Figure 2. DSC of uncoated (green) and coated (blue) separators

熱機械分析 (TMA)

コーティングされたセパレーターとコーティングされていないセパレーターは、図3に示すように似通った溶融完全性を示しました。この結果は、両サンプルに共通するポリエチレン膜がこれらのセパレーターの溶融完全性特性を推進していることを示します。図3に示すサンプルでは、収縮開始温度と破断温度がどちらもコーティングされたサンプルで4 °C未満上昇しています。これら3つのサンプルの平均収縮開始温度および破断温度を表2に示します。コーティングされた場合とコーティングされていない場合では、性能の差がさらに少なくなることがわかります。標準偏差はTMA測定の再現性の高さを明らかにし、この分析は信頼をもってセパレーターの特性評価やコーティング組成の潜在的な影響の調査に使用できることを示しています。破断したセパレーターはバッテリーの熱暴走につながることがあるため、溶融完全性などの安全重要特性を評価するときにはこの再現性が特に重要です。

2. コーティングされたセパレーターとコーティングされていないセパレーターの3回の繰り返し測定の平均収縮開始温度と破断温度

セパレーター 収縮開始 (°C) 破断温度 (°C)
非コーティング 124.54 ± 0.48 128.52 ± 0.30
コーティング 125.82 ± 0.57 131.46 ± 0.55
Figure 3. Full TMA profile of an uncoated (green) and coated (blue) separator inset: zoomed in portion from 100 °C to show onset of shrinkage and rupture temperatures of the samples

動的機械分析 (DMA)

35 °Cおよび60 °Cでの大ひずみ傾斜試験からの応力ひずみ曲線を図4に示します。どちらの温度でも、400%のひずみでの応力は、コーティングされているセパレーターではコーティングされていないセパレーターよりも約38%低くなっています。コーティングされているセパレーターでの応力の低下は、膜が伸びるにつれてコーティングが破断することによるものです。

35 °Cでのセパレーターのヤング率を決定するには、小ひずみ実験を使用しました。コーティングの破断を避けるため、さらに小さなひずみを使用しました。ヤング率は傾き0~0.05%を使用して計算され、その結果を表3に示します。

 

表3. コーティングされていないセパレーターとコーティングされているセパレーターの35 °Cでのヤング率。

セパレーター ヤング率 (MPa)
非コーティング 690 ± 40
コーティング 920 ± 70
Figure 4. Stress-strain curves of the uncoated (green) and coated (blue) separators, tested in triplicate

コーティングされていないセパレーターとコーティングされたセパレーターの貯蔵弾性率、損失弾性率、損失正接曲線を温度に関してプロットしたものが図5です。表4に示すように、コーティングされていないセパレーターとコーティングされたセパレーターでは、高温になるまでは貯蔵弾性率は類似していますが、高温になると、貯蔵弾性率の低下に見られるように、コーティングされていないサンプルは柔らかくなって融解し始めるのに対し、コーティングされたセパレーターは高温で安定性を示すように見えます。転移温度ピークは、図5に示すように貯蔵弾性率の開始値と損失弾性率のピーク値で特定できます。この場合、転移はポリエチレンのαプロセスに相当します[7]。コーティングされたセパレーターには二峰性の損失正接ピークがあり、サンプルの不均一性を示します。このような条件では、コーティングされたセパレーターが高温で安定であることが実証されます。

4. コーティングされていないセパレーターとコーティングされたセパレーターの貯蔵弾性率の違い

温度 (°C) 貯蔵弾性率 (MPa)
非コーティング コーティング 差 (%)
20 1880 1790 5
60 750 590 27
100 160 300 47
Figure 5. Storage modulus, loss modulus, and tan delta curves for uncoated and coated separators

おわりに

バッテリーセパレーターは、リチウムイオンバッテリー性能において熱暴走の防止など重要な役割を果たします。これらの多孔質膜は通常ポリマーであり、製造業者は熱機械性能を向上させるために無機コーティングを塗布することがあります。このノートでは、TA Instruments社製の分析装置一式を使用して無機コーティングがある場合とない場合のポリエチレン製セパレーターの特性を評価しました。

  • Discovery TGAは、コーティングされていないセパレーターとコーティングされたセパレーターの熱安定性と組成含量を決定しました。コーティングされたセパレーターには37%のポリエチレンと約6%のバインダーが含まれており、コーティングがセパレーターの50%以上を構成していました。
  • Discovery DSCではさらに、セパレーターの融解と結晶化度を分析しました。ポリエチレンの結晶化度の決定には、融解熱を使用しました。TGAで測定されたポリエチレン含量を使用してコーティングされたセパレーターのポリエチレン含量の融解熱を求め、それを使用して2つのセパレーターのポリマー結晶化度を直接比較しました。
  • Discovery TMAは、コーティングされたセパレーターとコーティングされていないセパレーターの溶融完全性の特性を評価しました。この手法は再現性があり、結果に信頼性が確保されることが明らかになりました。調査した材料では、収縮開始温度と破断温度に違いはほとんど見られず、溶融完全性がポリエチレンによって支配されていることを示しています。
  • 熱機械的安定性の特性評価にはDiscovery DMAを使用し、セパレーターの貯蔵弾性率、損失弾性率、ヤング率を決定しました。コーティングされたセパレーターは、コーティングされていないセパレーターよりも高温で安定性があることがわかりました。

 

参考文献

1. W. Luo, S. Cheng, M. Wu, X. Zhang, D. Yang and X. Rui, “A review of advanced separators for rechargeable batteries,” vol. 509, 2021.
2. P. Arora and Z. Zhang, “Battery Separators,” Chemical Reviews, vol. 104, no. 10, pp. 4419-4462, 2004.
3. J. Browne, “TA457 Thermal Analysis of Battery Separator Film”.
4. R Baldwin, W. Bennet, E. Wong, M. Lewton, M. Harris, “Battery Separator Characterization and Evaluation Procedures for NASA’s Advanced Lithium Ion Batteries,” NASA, Cleveland, 2010.
5. R. L. Blaine, “TN048- Polymer Heats of Fusion”.
6. I. Groves, T. Lever and N. Hawkins, “TA123- Determination of Polymer Crystallinity by DSC”.
7. Y. Men, J. Rieger, H.-F. Endeler and D. Lilge, “Mechanical α-Process in Polyethylene,” Macromolecules, vol. 36, pp. 4689-4691, 2003.

謝辞

本稿は、TA Instruments社のJennifer Vail (Ph.D) が執筆し、データはAndrew Janisse (Ph.D)、Kimberly Dennis (Ph.D)、Hang Lau (Ph.D) が収集しました。

TA Instruments社は、長きにわたって革新者として評価されており、変調熱分析におけるリーダーとなっています。

このアプリケーションノートの印刷用バージョンをダウンロードするにはここをクリックしてください。

弊社の機器に関する詳細について、またご研究に合わせた機器使用法についてはお問い合わせください。